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2005年01月24日
第4回 電脳学生とパソコンの初期型と。
今回の来店者
小關さん(ダイス)×金田さん(コプロシステム)×三代川(コムブリッジ)
【前回までのあらすじ】 ゲーム・ソフトの制作をしよう・・・という思いの下に、 出会った小關さんと三代川。 その後、紆余曲折?の末に、 小關さんはシープスアイズに入社することになります。 では今回のもうひとりのゲスト、 金田さんとの出会いの方は、と言うと……。 |
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CB で、金田さんも、シープスアイズに
別の仕事をやりに入ってきたと……?
三代川 いや、金田くんはもう少し後。
小關 そう、金田さんはもう少し真っ当な道を歩んだのちに、
うちに来るんですよ。
三代川 そうだね。
その頃、うちはNEC(→東急)の仕事を、
イベントとしてはメインでやっていったんだけど。
その時、パソコンセミナーの開発と講師を
していたのが、金田くんだったのよ。
あのころは表計算の入門用の……
小關 ロータスとか。
金田 1-2-3ね。
三代川 そういうモノの一般向けの1時間半のセミナーとかを
金田くんたちに依頼して、
そこで金田くんは先生をやったり
カリキュラムを作ったりしていたんだよね。
CB 金田さんは、ずっとパソコンに携わっていたんですか?

金田 浩邦さん (コプロシステム・社長)
金田 コンピュータは、大学時代に学生コンピュータ連盟ってところで
勉強していたの。で、青学の先生と一緒に
大学3年生の時に会社を作ったのね。
青学の学生と僕と先生との3人で。
小關 今で言う学生企業家だよね。
金田 いや、そんなかっこいいものじゃないけどね。
で、そのころは、
パソコンの出始めで結構優遇をされていて、
本は書かせてくれるわ、
ま、その先生のお陰なんだけど、
大学3年の頃に日経新聞の記者ってことで
取材に行っていたりしたんだよね。
CB ほほー
金田 詐欺だよね、とか思いながら
「日経から参りました」って言って
いろいろ取材をしたよ。
小關 じゃぁ結構取材させてくれるよね。
金田 うん、そうやって取材に行って新聞の記事を書いていた。
あとメーカーさんの紹介で取材に行って、
「OA化」「マルチメディア」で悩んでいる
大企業の情報システムの部長さんたちとかが、
『どうやってOA化を推進しているか』という記事広告を書いたり。
それを毎年やらせてもらったりとか、本を書かせてもらったりとか。
小關 あー、じゃぁ、文章とか結構書いてたんだ?
金田 書いてた。
三代川 だって、会った時、もう先生だったもんね。
小關 理系の人じゃなかったよね。
金田 理系の人だったんだけど、しょうがなく書いていたんだよ…。
でも、めちゃくちゃだったよ。
新聞の記事は、早いから、いつも一生懸命徹夜して書いたよ。
宮崎まで朝飛行機で取材に行くでしょ。
で、向こうでタクシー3時間くらい乗って、
40分取材して最終の飛行機で帰って来るんだよ。
で、次の日の朝に原稿できてなきゃいけないから、
帰りの飛行機で書いて持って行くんだよね。
そうすると、読んで、
何も言わないでゴミ箱に捨てるんだぜ。
で、また一生懸命寝ないで書いて、朝一番で出して載せてもらう。
小關 捨てられちゃうってなかなかないもんね。
金田 すごいよ、ぼろくそ。
「僕は寝ていないんです」って言っても、
「そんなもん関係ない!」とかね。
で、それをやりながら、一方で、
経営者向けのコンピュータのカリキュラムを作っていて、
商工会議所でセミナーをやったりしてたんだよね。
当時はパソコンといえば
NECの9800、8800が主流で
マーケットのシェアを80%ぐらいとってて。
で、他とちがって、
NECは大型コンピュータを持っていないので、
トップダウン方式ではない
下から押し上げるパーソナル情報システムっていう
考え方を推進してて
で、僕は、そのコンセプトを作ったり、
それに付随してセミナーをつくったりしてたんだよ。
営業マン教育をやったり、パソコンフェアをやったりね。
うん、今じゃ考えられないけど、
とにかくコンピューターが売れすぎちゃって
予算がいっぱい余って仕方がないから、
お金を使うだけ使わないと!ってことで、さ(笑)。
三代川 当時は、今のモーターショーみたいに、
パソコンフェアに関わるというのは
イベント屋にとって一番おいしいネタだったんだよ。
代理店の割合もそちらにいくしね。
で、僕らは「イベント」という発想で
金田くんに近づいていくことになる。
金田 最初は、販促と言ってもイベントとかではなくて、
もっと地味で小さい動きだったんだよね。
ところがある日、
「予算があまっているから
経営者に向けたイベントセミナーがやりたい」
とか言い出だして。
で、僕らはそういうことはやったことなかったし、
当時シープスアイズはイベントやっていて、
仙台でそういうセミナーをやったらしいと聞いていたので。
三代川 で、我々は我々で、ちょうど
中小企業のOA化を狙っていたところで。
じゃぁ、セミナーを持っていこうとなった時に
「金田くんに頼もう」という動きになったんだよね。
CB と、いうことはシープスアイズ側から
金田さんに依頼があったのですね?
金田 NECから、
「今度東急エージェンシーと
そういうことをやるから、中身作って!
デコレーションは東急エージェンシーがやるから」って言われて、
東急エージェンシー側から出てきたのが、
三代川さんだったの。
当時は、Gパン穿いてね、若かったんだよ(笑)。
CB (笑笑)
小關 パンチだったの、パンチ。ね。
金田 そー、今じゃ考えられない。こんなね、腹は出ていないしね。
三代川 あのねー。
金田 あれ、(写真)あるでしょ? どこかに。
隠してるでしょ。
三代川 ないない。
金田 あるよ、絶対に。今度探してみ。
小關 なんかね、『パンチ崩れ』みたいな感じでね。
大巻きのパンチなのよ。
CB 面白すぎる・・・。
金田 (笑)。
それで、パソコンフェアとか、
セミナーのカリキュラムを俺らがつくって、
そういうイベントやりながら
東京・大阪などをずーっと回ってきたりしてたのよね。
小關 ずーっとやっていたよね、パソコンフェアって。
三代川 そう、あの当時NECには本当に食わせてもらったもん。
NECの企画は年間200本書いてたよ。
とにかく次から次へと要望があるんだもん。
金田 そう。毎月シープスとも一緒に出張に行っていたけど、
単独でも行っていたから、
全国のNECの拠点をずーっと回っているわけよ。
大阪なんかは大きい拠点だから何回行ったかわからないね。
日本中どこにでも行きまくってたよね。
CB でも、それを聞いていると、
別にシープスアイズに入らなくても
ひとりでやっていけたのではないのですか?
金田 ねー。俺もそう思うんだけど。
でも、その時大きいイベントをやった後に、
イベントってすごいなって思ったんだ。
大きいイベントをやった後の達成感って、すごいなって思ったの。
で、三代川さんが「イベントやらない?」って誘ってくれたの。
CB 講師ではなくて、ですか?
金田 うん。「イベントつくらないか?」って。
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「イベントつくらないか?」と誘われた金田さん。
その決断は、どの方向に自身を向かわせていくのでしょうか?
さて、そのお話は、今週末に続きます。
(つづく)
投稿者 グリ : 2005年01月24日 23:25
