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居酒屋☆対談


「これは!」と思うイベント制作者・関係者を招いて、
あんな話やこんな話を声が枯れるまで語りあうイベント・トークバトル@居酒屋。


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2005年01月09日

第1回 シープスアイズの発祥

今回の来店者
小關さん(ダイス)×金田さん(コプロシステム)×三代川(コムブリッジ)


昔、昔、といっても20年とすこしばかり前の話ですが・・・、
コムブリッジは「シープスアイズ」という名で、
会社としてこの世に誕生しました。

コムブリッジのDNAを探る、
小關さん、金田さん、三代川の対談も、
まずはそのあたりから、じっくりと始まったようです・・・。


 *********


CB   まずはコムブリッジの前身である
      シープスアイズのころから
      さかのぼっていきたいと思うのですが・・・、
      どのような順番でシープスアイズに入社されたんですか?

小關   もちろん、三代川さんが一番古株ですよ。

三代川 小關さんと金田さんが入る前の時代というのがあるからね。

小關   うん、あるよね。

三代川 まず一番最初に会社を作ったのは、
      浅野っていう前の社長でしょ、
      それと内村と斉藤っていう人と、僕の計4人。
      でも会社を作ってすぐに僕は、アメリカに行ってしまったので
      実質はその3人。

 
金田   今から…、30年前?

三代川 いや、23年前、1981年。
      渋谷の東急本店の前から始まった。 
 

      会社をつくった当時は、
      浅野さんが先生をしていた関係で
      その教え子でドロップアウトしているような連中が
      集まってやっているような会社だったんだよ。

小關   あー、なるほどねぇ。

ミヨ.jpg
三代川 透 (コムブリッジ・社長)


三代川 うん。で、俺が誘われたのも英語の先生(斉藤さん)が
      そのうちの一人だったためで、
      「全然仕事何にもないんだけど、
      面白いやつが集まって会社つくるか」なんて話をしていて、

      それで、俺もアメリカに行って帰ってくるか分からなかったから、
      とりあえず面白そうだからってだけで、仲間みたいに入っていた。  
      始めはそんなもん。

  
      だから僕は、実はアメリカにいた2年間はあまりよくわからない。
 
      それで1983年に帰ってきたら、
      現在のリンクの岡田さんと、経理に高根とかがいて、
      芸能界をやっていた安田さんがいてさ。
      俺を誘った斉藤さんは始めて1年ぐらいで辞めていて、
      内村がイベントの音響とかをやっていた。

 
      で、「この会社は何をやってます」みたいなものはなくて、
      それぞれが勝手なことをやってるわけよ。
      芸能界関係やってる人がいたり、編集やってる人はいるし、
      PAとかディスコの音響設計とかをやってる人がいたりして・・・。

      「じゃ、俺は何をするの?ってなると「え?好きなことやれば・・」
      という感じで、「ただ給料は安いよ」とか言われて・・・。

      それで、別の普通の会社でもっと(給料)くれるって
      いうところもあったんだけど、
      当然もう既存の仕事があるからそれをやれ!っていう環境でさ。
      で、(シープスアイズは)給料はものすごく安かったんだけど、
      好きなことすれば?という話だったんで、入ったんだよね。

CB    で、初めは何をしたのですか?

三代川 放送作家。

CB    きっかけは?

三代川 金山という放送作家の人がいたんだよ。

      結局会社の中に色んなことをやってる人がいるっていうことは、
      色んな外部の連中がそこに出入りしているわけよ。
      会社なんだけど上司部下がいるわけじゃなくて。

      例えば、会社来ると初めて見る人がいてさ。
      で「この人は何やってるんですか?」って聞くと
      「あ~、こいつ放送作家なんだよ」とか言われて。
      きっかけは、そんなノリで・・・。

      とにかくね、毎日コーヒーを飲んでいて、
      ちょっと暇になるとみんなで麻雀やりに行ったりして…。

 
      「稼げてるの?」と聞くと「いや、稼げてない」とか。
      聞いてみると借金が2年で2000万円位になっていて、
      「どうするの??」と思うような会社だった。

CB    儲かってはなかったのですね?

三代川 全然儲かってない。

小關   だって、僕は、麻雀ばっかり
      やっていたって聞いたよ、最初は。
      昼間ずーっと麻雀ばかりだったって。

三代川 そうそう。で、例えば、
      芸能関係をしているやつが
      面白い話をもらってきたら編集をしているやつが、
      「おもしろいんじゃん、じゃーこんなことやったら?」という感じで
      企画書を書いて渡して「これ売ってきて」とか言ってさ。
      でも、当然売れなくて・・・。
      今度は編集をやっているやつが「芸能特集をしたいから
      誰か引っ張って来れないかな?」とかしながら、
      それぞれ勝手に色々なところでやっていて。
      だけど、結局はお金にならなくて・・・。

      で、さずがにこれではまずい、給料も上がらないし
      借金も増えるだろうなんて思ってたころに、
      岡田がやっていた編集で、
      「漫画で英語を教える」という企画が通って、
      旺文社で作ることになって普通のお金がもらえるようになったんだよね。

      で、同時に俺が放送作家をやっていく中で
      イベントの話が転がり込んできて・・・。
      それは、東急エージェンシーの下請けのプロモーション会社の
      これまた下請けとして、ネスレの新商品「ネッスルアメリカーナ」の
      サンプリングを全国でやるという話でさ。
      でも、俺達はやったことがなかったんだけれど、
      「いろんなツテを使えばできるんじゃないの?」ってことで
      仕事が始まっていった。

      そんなことから編集とイベントは、仕事になってきたんだよね。

CB    なるほど。
      でもそのころ、小關さんたちは
      まだ入社してなかったんですよね?

三代川 うん、そうだね。
      でも、そのころに僕の方でアサツーの高山という人と
      イベントで知り合うんだけど、彼をきっかけにして小關さんとも
      出会うことになるんだ。

      (つづく)

投稿者 グリ : 2005年01月09日 00:53

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